ショールーム☆前田裕二☆ 才能と努力の人 そして生い立ち

2019/06/01
 
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5/26のメレンゲの気持ちで、前田裕二さん、初めて知りました!


SHOWROOM㈱代表とのことですが、仮想ライブ空間「SHOWROOM」の存在のことも初めて知りました(笑)




SHOWROOM (ショールーム)

2013年にスタートした仮装ライブ空間で生配信を視聴することができる「
SHOWROOM(ショールーム)」。年々盛り上がりをみせており、人気アイドルからアマチュアまで日々さまざまな配信が行われています。特にSHOWROOMがほかの動画配信サイトと異なるのは、「ギフティング」と呼ばれる投げ銭システム。視聴者がギフトと呼ばれるバーチャルアイテムをプレゼントする形で配信者を応援でき、そのギフトは配信者の報酬になります。人気者になると月100万以上稼いだり、芸能界デビューする人もいるという、今注目のサービス。







2018年石原さとみさんとの熱愛が「週刊文春」に取り上げられましたが、その時は「あーよくある女優と、イケメン金持ちIT社長の恋愛ね」くらいに思っていました。


ところが、メレンゲの気持ちの番組で前田さんが語っていた自身の生い立ち、行動してきたことを聞いていたら、ほんとおったまげー だったんです。






●前田さんが8歳の時母親が亡くなります。お父さんも物心ついた頃からいなかったため、兄弟2人になってしまいます。
10歳年上の兄(当時18歳)(医者を目指すほど優秀だった)は、弟を養うため進学を断念。弟の学費を稼ぐため就職し、ずっと面倒をみてくれたそうです。


●前田少年(当時小学校3年生)はどうにか自分でも稼ごうと考えます。
親戚のお兄さんからもらったギターで路上ライブをすることを考えつきます。(小学校3年生ですよ!!)
試行錯誤の末、なんと次第に月15万円くらいは稼げるようになったそうです。(この路上ライブが現在のSHOWROOMのライブ配信のアイデアのきっかけになります)


●前田少年はお兄さんを喜ばせようと必死で勉強を頑張り、見事、早稲田大学政治経済学部に入学。前田さんのモチベーションの根底にはいつも、自分を助けてくれているお兄さんを喜ばせることにあったそうです。


●早稲田大学卒業後、外資系のUBS証券会社に入社。エリート揃いの会社の中で、持ち前の根性と、機転の良さで昇進。その時の仕事ぶり・努力ぶりのすごさで、まわりの同僚からは「クレージー」とまで言われたそうです。


●UBS証券で収入も仕事の成果も思い通りになったが、そこに幸福感を感じていないことに気づく。
そんな時、路上ライブのきっかけを作ってくれたギターをくれた親戚のお兄さんが若くして他界。人の人生の短さを実感し、日本でやりがいを持ってできること(起業)を模索するため帰国を決意する。


● 事業立ち上げについて、就職活動時に縁があった株式会社DeNAのファウンダー・南場智子氏に相談したことをきっかけに、2013年5月、DeNAに入社。
同年11月に仮想ライブ空間「SHOWROOM」を立ち上げる。


左が前田裕二さん・右がお兄さん



前田さんは、親御さんを早くに亡くされてかなりの苦労だったと思いますが、やはりそこで踏ん張れたのは、お兄さんの母親に近いような愛があったからなんでしょうね。

前田さん曰く、「いつも苦しい時に、お兄さんの愛情に応え、お兄さんを喜ばせることだけを考え頑張ってきてた。」
うーん涙が( ;∀;)


余談ですが、確か、武井壮さんも同じように、親御さんが早くからいなくなり、お兄さんに献身的に育てられていますよね。






今は姿を見なくなりましたが、俳優の成宮寛貴さんも同じような環境の中、弟さんを養うために高校進学を断念し、必死で働いて弟さんを大学まで出したそうです。






秋元康さん、堀江貴文さんも前田裕二さんの人間性と能力の高さには注目しています。

秋元康さん、『堀江貴文以来の天才』と認め、お二人は頻繁に交流もされているようです。


DeNAの代表取締役会長、南場智子さんは、「過酷な環境を生き抜く優秀人材」として前田さんをDeNAに引っ張るべく5年間かけてオファーを出し続けました。

前田裕二さん著書『人生の勝算』にはこれまでの前田さんの人生のことが書かれています。


前田裕二☆恐るべし才能と努力の人ですね。そして素晴らしいお兄さん。参りました!






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